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与三郎のひとり言

残り3分の1

今年の稲刈りも難航を極めている。

無施肥栽培によるお米の栽培に魅せられ、その意義を感じ挑戦している。

無施肥栽培米.JPG

肥料無しで栽培しているにもかかわらず、倒伏傾向。


人の為=偽りと表現される。

そう、誰かの為にやっている事も、巡り巡っては自分の為の行動であることは間違いない。

皆、自分が大切なはずだ。皆、自分が愛する人たちが大切なはずだ。皆、人から求められ喜ばれることに憎悪は無いはずだ。

 

なのに、経済と言うモノが介入すると、目の色も変わり生活の為にと気持ちも自分本位へとシフトするようにも見える。

 

何故既存のやり方で、効率的な稲作をしないのか?

そこにある疑問、疑念が自分にはやっぱり腑に落ちないからだ。

 

何故肥料が必要なのか?何故農薬が必要なのか?

 

この理由が明確であり、納得した場合は私は使用する。考えもせずに販売店・製造元のラクですよには飛びつきたくはない。

 

人生において、身の回りで起きる事象にはすべて因果があると考える。

つまり、今目の前の結果には必ずそう至る為の原因があるのだ。

 

身体が病気になる=過去に食べた物が悪い。

人の体は口から入ったものでしか構成されていない。最近の医療で人工的なものを埋め込む事もあるが、基本は食べた物から出来ているはずだ。

これと同じで、作物たちも得た栄養分で体が構成される。プラモデルのように必要部品を組み込むのではない。

だとすれば、なぜ病気になるのか?欠乏しているモノがあるのか?過多になっているモノがあるのか?

命あるもの、すべてにおいて同じと言えるこの仕組み。生命活動をするための生命エネルギーとなるモノを取り入れる。

そのエネルギーの元が良ければ順調に循環するが、エネルギーとなりえないモノが多ければそれが蓄積して弊害を招く。

 

(有)川原農産がこの道を歩もうと決めたのは、我が子の命をどう守るかを考え始めた時からだ。

子どもができる限り元気で、その命のバトンを次につなげていく為に今自分が何をすべきなのか?

 

人が生きる為に必ず行う食べるという行為。

まだ道半ば、如何にして進むか?

馬鹿にされようと、多少の事でへこたれるつもりはない。

必ず道はある。

新しい道は自分が切り開く。

 

今年の失敗は来年への糧。

稲刈りも残り3分の1、頑張るかな♪

 

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